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映画のウィンドウ戦略のあり方を変えるかもしれないNetflixの「Beasts of No Nation」の話

Netflixがテレビビジネスを変えてしまうかもしれないという議論が沸き起こっている日本での状況を横目に、米国ではNetflixが映画ビジネスを変えてしまうかもしれないと話題になっているようです。

それもこれも、Netflixにとって初となる映画「Beasts of No Nation」が、来月16日にいよいよ劇場公開され、同時にNetflixで配信されるからであり、しかもそれがアカデミー賞を狙えるようなタイトルだと言われているからです。既にベネチアトロントなど国際映画祭で公開、批評家からも高い評価を得ています。

「Beasts of No Nation」は、ナイジェリア出身の米国人作家ウゾディンマ・イウェアラ(Uzodinma Iweala)による処女作で、ベストセラーとなった同名の小説が原作。西アフリカの架空の国で起こった内戦で家族が切り裂かれ、強制的にゲリラの少年兵となった男の子を取り巻く話です。

監督・脚本は大人気ドラマ「True Detective」や映画「Sin Nombre | 闇の列車、光の旅」を手がけたCary Fukunaga。米国映画としては初となるガーナでのロケで、主演はIdris Elba(母親がガーナ出身)と、これまで一度も演じたことがない14歳のガーナ人Abraham Attah。

2005年からFocus Featuresとこの企画を温めてきたようですが、製作準備に入る際に、サンダンスで公開された少年兵を題材にしたフランス映画が米国で配給されないことが判明し、似たようなテーマだった本作は企画が一時頓挫。その後2010年頃に映画化権が原作者に戻ってから、Cary Fukunagaらが再び権利を買い戻し、今度はParticipant MediaとRed Crown Productionsと共に500万ドルをかけて脚本を開発したそうです。

完成後、優先交渉権を持っていたFocus Featuresに続いてNetflixが本作を見て、1200万で全権利を獲得して話題となりました。

 

 90日ルールを死守したい劇場チェーン 


紆余曲折あって出来上がった本作は高い評価を得つつあるにも関わらず、同時公開・配信をよく思わない4大劇場チェーンAMC Theatres・Regal Cinemas・Cinemark Theatres・Carmike Cinemasが上映を拒否、Alamo Drafthouseなどアート作品を取り扱う劇場を中心に全米29カ所での公開だけに留まっています。

一般的にオンライン配信は劇場公開から90日経ってから始めるのが慣例となっており、Netflixがこれに従わないことによって摩擦が起きています。

“There’s no theatrical revenue expectation in our business model on any movie”

ただNetflixのChief Content OfficerであるTed Sarandosが上記のように語っている通り、Netflixはそもそも劇場でのチケット販売で収益化することを想定していません。

そのため、本作に限らずこれから公開されるNetflixの映画は全て同時公開・配信が前提となっています。「Beasts of No Nation」の動向によっては、これまでの映画のウィンドウ戦略が大きく変わる可能性もあり、各所で注目されています。

ちなみに、Netflixは今後Adam Sandlerの「The Ridiculous Six」を12月11日に、「Crouching Tiger, Hidden Dragon: The Green Legend」を2016年初旬に、「Pee-wee’s Big Holiday」を2016年3月に公開。その後「Fifty Sades of Grey」で話題となったJamie Dornan主演の「Jadotville」、そしてBrad Pittの「The War Machine」などの作品が続いています。 

低予算作品が切り崩すかもしれない90日ルール

劇場公開と配信までの時差を短くしようとする試みは、別にNetflixだけが仕掛けているわけではなく、例えばパラマウントも一部の作品で実験的に進めています。

具体的には低予算のホラー作品「Paranormal Activity: The Ghost Dimension」と「Scout’s Guide to the Zombie Apocalypse」の2作品を、劇場公開されてから17日後にオンライン配信することを決めています。決めるといっても、パラマウントの一存で決められるわけではありません。パラマウントはVODの売上の一部をAMCとCineplexに戻す契約を締結して、これを実現しています。

全ての作品でこれが実現できるものでもないと思いますが、ブロックバスター映画でもない限り、大体公開後1~2週間で劇場で得られる売上の殆どは決まってしまいます。90日ルールを維持するために、ガラガラの劇場で映画をかけ続けるくらいであれば、VODの売上の一部をもらいながら新しい作品をかけた方が良いと、劇場チェーンが判断しても不思議ではありません。スタジオにとっても、パッケージ販売やオンライン配信のために、追加で大きな宣伝費を支払うことがなくなるため、低予算の作品の場合は双方にとってそれなりのメリットがあります。

Netflixが劇場チェーンにSVODサービスの売上の一部を配分することはまずないでしょうが、劇場では大きく跳ねないような低予算の作品がきっかけで、ウィンドウ戦略はもっと時代にあう形に変わっていくかもしれません。